関西支部 支部長 水川尚彦

「やらと」という暖簾を目にすることがある。白地に黒のひらがなで書かれ、凛とした風格を感じる。羊羹で有名な和菓子屋「虎屋」の暖簾であることは言うまでもない。虎屋は室町時代に京都で創業し、御所の御用をしていた。寛永5年(1628年)に烏丸一条西入の土地を買い増したという記録が残っており、現在も同地の虎屋菓寮で上品な季節の和菓子を口にすることができる。明治2年(1869年)東京遷都にともなって、御所御用の菓子司として、京都の店はそのままに東京へ進出した。虎屋の和菓子には、「九重の華」「雲居のみち」「宇治の川波」などの京都限定商品がある。九重も雲居も宮中をさす言葉であり、高貴な名前である。「いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほいぬるかな」百人一首の歌である。奈良の都の八重桜が 今日は九重で ひときわ美しく咲き誇っている という様を歌ったものである。「けふ九重」は京の宮中と掛かっている。八重と九重という言葉の並びもリズムがあって何とも言えず優雅である。「くもいにて よをふるころは さみだれの あめのしたにぞ 生けるかひなき」大和物語の歌。あなたと遠くはなれた雲居で夜を過ごしているころは 五月雨ではないが心が乱れ この世に生きている甲斐が無い、という切ない思いがにじみ出ている。和菓子の名前から、いろいろな想像が膨らみ思いが広がっていく。その由来を想像しながら和菓子を口にすると、その風味にいっそうの深みが増してくる。洋菓子が鮮やかで華麗なイメージであるのに対し、和菓子には高潔なたおやかさがある。

ところで、CMである。和CMというような分類は無いが、そのようなスタイルはあるかもしれない。歌舞伎の世界でも和事と言われ、関西の空気を伝えていることはご存知のとおりである。和事は優美な色男の恋愛描写を中心にした、たおやかな演技様式であり人間ドラマを重視しているともいわれている。おもに江戸の荒事に対する上方歌舞伎の特色として発達してきた。関西でCMに従事している人が色男というつもりはないが、たおやかなCMをしている人はいる。「たお」は「撓む」の「たわ」と同義で、姿・形・動作がしなやかで柔らかい様を表す言葉である。様々な局面に対して、既成概念にこだわらず問題解決に向けて考え行動する。抽象的だが、CMの本質である。関西には、たおやかさを産む歴史的な土壌がある。谷崎潤一郎は1923年の関東大震災以後、関西に移住しその10年後に名著「陰翳礼讃」を書いた。モダニズムのなかの古典回帰と言われ、たおやかさの中にある日本的な美しさについて触れている。関西の風土が影響したことは間違いないであろう。ちなみに女偏に弱いと書いてたおやかと読むそうである。

時の積み重ねを感じるものや手間ひまかけたものを口に入れたとき、人はそれを口福(こうふく)と呼ぶ。ましてや虎屋のある「烏丸一条西入」は京都御所の間近である。京都御所は堀などの防衛機能を持たない穏やかな建物である。日常の慌ただしさから離れ、ゆったりとした時間のなかで味わう和菓子は、京都御所の佇まいと相まって、単なる甘みではなく「歴史の中に蕩けていく口福」そして「風景の中に同化していく口福」を感じさせてくれる。たおやかにそして時を積み重ね手間ひまをかけて、多くの人を口福にするCMを目指していきたいものである。